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佐賀地方裁判所 昭和36年(行)4号 判決

原告 松尾尊義

被告 武雄税務署長

訴訟代理人 高機正 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

被告が原告に対し昭和三八年六月一三日になした原告の昭和三十七年分所得税更生処分及び加算税の賦課決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告の申立

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、原告の請求原因及び被告の主張に対する答弁

(一)原告は、その昭和三十七年分所得額を被告に金二九六、七七八円(内訳、配当所得金一九、四九七円、事実所得金九三、九六〇円雑所得金五九、一〇一円、不動産所得欠損金一三四、七八〇円、給与所得金六五、五〇〇円)と確定申告したところ、被告は昭和三八年六月一三日右不動産所得欠損以外については原告の申告金額どおり認めたが、不動産所得については、金一八、〇六〇円の所得あるものとして原告の綜合所得金額を金八四五、六一八円と更生する旨の処分をなした。

原告は同月二〇日右更正処分につき被告に対して異議申立をなしたところ同年七月一八日棄却の決定をうけたので、同月二五日福岡国税局長に審査請求をなしたが同年一〇月四日該請求は棄却された。

(二)しかしながら、右更正処分には以下のとおりの違法がある。

(1) 原告は(イ)佐賀県杵島郡有明村大字坂田二本松籠所在宅地四九四坪(ロ)鹿島市大字高津原字一本杉三九〇五番地宅地及同地上所在木造瓦葺三階建店舗兼居宅延坪一三五坪(以下本件不動産と略称する)の各不動産を所有しているがそのうち右の不動産については訴外前田清次郎外三名に賃料年額合計金二五、八〇〇円で賃貸している。

(2) 本件不動産は、もと訴外江口英三郎の所有であつたが、原告は昭和三六年七月二六日、佐賀地方裁判所武雄支部における競落によりその所有権を取得したもので、右競落代金は金一、八三六、九〇〇円であつた。原告はその内金一八三、六九〇円は保証金として競売期日に、残代金一、六五三、二一〇円及び登録税等金九二、四六五円合計一、九二九、三六五円は昭和三六年七月二六日の代金支払期に各納入したが右残代金のうち金一、二〇〇、〇〇〇円を訴外九州相互銀行よりその余の全員は友人よりそれぞれ一時的に借り受けたもので、原告は同年八月二一日訴外佐賀銀行より金二、〇〇〇、〇〇〇円を借り受け、これももつて右一、九二九、三六五の借受債務をそれぞれ弁済した。原告は本件不動産を買受けるのに実質的には二、〇〇〇、〇〇〇円を要しており、右佐賀銀行よりの借受債務は本件不動産を取得するための負債にあたるものである。

(3) そもそも、原告が本件不動産の所有権を取得したのはこれを他に賃借する目的であつたが、訴江外口英三郎は原告の所有権取得後もその明渡をしないで、原告は昭和三八年二月に佐賀地方裁判所武雄支部の不動産引渡命令を得てその執行により同月二二日日これが引渡を受けた。しかるに同訴外人はその三日後である同月二五日再び右不動産を不法占拠して今日に及び、原告が右不動産を他に賃貸することを妹げている。

(4) 原告は前述の昭和三八年八月二一日訴外佐賀銀行より借受債務二、〇〇〇、〇〇〇円の利子として昭和三七年中に合計金一六〇、五八〇円を同銀行に支払つたが石支払利子は原告の不動産所得をうるため必要な経費であるから原告の不動産所得は前記(イ)の不動産の賃料金二五、八〇〇円を合算して金一三四、七八〇円の掲失となる。右掲失は、原告の綜合所得額算出上は不動産所得以外の各所得より控除せられるべきであるから原告の昭和三七年分所得総額は原告の申告どおり金六九二、七七八円となる。

(5) しかるに被告は原告の不動産所得につき前記(イ)の賃料収入金二五、八〇〇円については必要経費として当該不動産に対する固定資産税二、六五〇円等合計七、七四〇円を認めて右賃料収入より控除したが、本件不動産については未だ他に賃貸しておらず、賃料収入がない以上前記支払利子は所得税法第一〇条第二項に規定する当該総収入金額を得るために必要な経費に該当しないから結局原告には金一八、〇六〇円の不動産所得があるものとして前述のとおり原告の昭和三七年分の所得金額を金八四五、六一八円と更生する処分をした。しかし右更生処分は前述のように本来必要経費として控除されるべき金額を控除せずになされた違法のものである。

(三)被告の右借受債務の支払利子は当該不動産の取得価額に算入せらるべきであるとの主張はこれを争う。

昭和三八年九月一〇日付直審(所)七七(例規)によればかかる性質の利子は取得価額に算入することなく必要経費として取扱うことが認められている。

二、被告の答弁及び主張

(一)原告主張の請求原因のうち(一)と(二)の(1) 及び(5) の各事実、同(二)の(2) につき本件不動産がもと訴外江口英三郎の所有であつたこと、原告がその主張のとおりの経過で右不動産の所有権を取得し、競落保証金及び競落代金登録税等を各納入したこと、原告がその主張の日に訴外佐賀銀行より金、二、〇〇〇、〇〇〇円を借受けたこと、(二)の(3) につき本件不動産が訴外江口英三郎によつて占拠されていることはいずれもこれを認めるが、その余の事実は争う。原告主張のような一時的な金員の借り入れ及びその弁済の事実は知らない。原告が昭和三六年一二月から昭和三七年二月までに訴外佐賀銀行鹿島支店に支払つた利息金総額は一六〇、三八〇円である。

原告が佐賀地方裁判所武雄支部に前記競落代金の全額を支払つたのは昭和三六年七月二六日で訴外佐賀銀行から金二、〇〇〇、〇〇〇円を借り受けたのは同年八月二一日であるからこの金員は本件不動産の取得とは全く関係がなく従つて、右借受債務の支払利子を右不動産の取得のための負債の利子ということはできない。

(二)(1)仮に、原告主張のように訴外佐賀銀行よりの二、〇〇〇、〇〇〇円の借受金が原告が貸家営業をするための準備行為として本件不動産の取得にあてられたとしても、不動産の貸付による所得は税法上「その年中の総収入金額から必要な経費を控除した金額」とされており(所得税法第九条第一項第三号)、この「総収入金額」とは「その収入すべき金額の合計額」であり、(同法第一〇条第一項)、控除すべき経費は「当該総収入金額を得るために必要なもの」である(同条第二項)。しかるに原告は未だ右不動産を他に賃惜していない以上右不動産による収入はなく、従つてそれに一対応すべき経費も又存在しない。前記支払利子は資産である当該不動産の取得のために借入れた資金の利子として支払われたもので、当該不動産を現実に賃貸するまでは期間計算により当該不動産の取得価額に算入せられるべき金額であるにすぎない(個通三五、二、二、直所一-一一)からこれを以つて不動産所持上の必要経費ということはできない。

(2)原告は、昭和三八年九月一〇日付直番(所)七七(例規)

により原告主張の支払利子は必要経費と認められるべきである、と主張するけれども、この通達は同日以降処理すべき事案に適用されるべきもので、本件処分には適用がない。仮にそうでないとしてもこの通達は、固定資産が相当規模の場合の取扱いに関するもので本件不動産はこれに該当せずむしろ右通達の1の(注)にあたる場合として取扱うべきものであるから原告主張の支払利子は本件不動産の取得価額に算入せられるべきである。以上のとおり原告の不動産所得の算出には前記(イ)の不動産の賃料収入金二五、八〇〇円からその固定資産税金二、六五〇円のみが必要経費として控除さるべきであるのに被告は誤つて右金額をこえて金七、七四〇円を控除し、原告主張の更生処分をしたが右過誤は原告に利益となるだけで不利益とはならない。右更生処分は適法である。

第三、(立証)〈省略〉

理由

原告主張のとおりの所得額の確定申告、更生処分および審査決定がなされたこと、原告がその主張のとおり本件不動産につき競落決定によりその所右権を取得し昭和三六年七月二六日までに競落代金一、八三六、九〇〇円登録税等金九二、四六五円合計金一、九二九、三六五円を各納入し終つたこと、原告が同年八月二一日訴外佐賀銀行より金二、〇〇〇、〇〇〇円を借入れたこと、訴外江口英三郎が原告が本件不動産の所有権取得後にこれを占拠していることは当事者間に争いがない。

本件における争点は、右佐賀銀行よりの借受債務が原告主張のとおり本件不動産取得のための負債であるかとうかということと、右更正処分における不動産所得課税標準の算定にあたり右の如き不動産購入のための惜受金債務の支払利子が必要経費として控除されるべきものかどうかという点である。そこで先ず後者について考えてみる。

所得税法上にいわゆる不動産所得とは不動産、不動産の上に存する権利又は船舶の貸付に因る所得(事業所得又は譲渡所得に該当するものを除外)であつて、当該年中に確定したその総収入金額から必要経費を控除したものを云うのであるが(所得税法第九条第一項第三号参照)この場合の収入金額は実際に支払をうけた金額ではなく、収入すべき金額、即ち収入すべき権利の確定した金額をいうものと解すべく、その確定の基準としては、契約その他の習慣等によつて定められる賃貸料についてはその支払期、支払期の定められていないもので請求がなされた時に支払義務が確定するものはその請求の時、その他のものは賃貸料の支払を受けた時を標準として算定せられるものであり、また収入金額から控除される経費は、右収入を得るために必要な経費であるから、その範囲は、収入金額に対応する経費に限定して解するのを相当とする。それ故収入のないところには経費もあり得ないものと考えられる。

ところで、原告は本件不動産を他に賃貸する目的でその所有権を取得したと主張するがその意図は兎も角、未だ他に賃貸しておらず賃貸不動産として使用せられていないことは原告において自認するところであるから前記いずれの標準によつても原告には昭和三七年中右不動産の賃貸による収入がないことは明らかであるといわねばならない。それゆえいわゆる前述の費用収益対応の原則上右不動産についてその収入がない以上、その収入を得るために必要な経費も存在しないから原告主張の支払利子が課税標準としての原告の不動産所得の算定上必要経費として控除せられるべきいわれはないものと解せられる。

尤も原告は昭和三八年九月一〇日付直審(所)七七(例現)により、不動産取得のために要した負債の利子でその不動産を賃貸不動産として使用開始にいたるまでの期間に対応する部分は、不動産所得の必要経費として控除する取扱が認められているから、原告主張の前記支払利子は右通達にもとずき、原告の不動産所得の課税標準の算定にあたつて必要経費として控除せられるべきであると主張し、成立に争のない甲第一一号証(国税月報12号所収「固定資産の取得のために要した負債の利子に対する所得税の取扱についてと題する例規)に徴しそのような通達の存在することが明らかであるが、右通達内容にも明らかなとおり、かかる措置は「今後処理するものからこれにより取扱われたい」とされており行政上の取扱としても右通達は同日以降の所得税の課税標準の算定にあたつて適用されることが予定されているし、右通達の存在は本件処分をなんら違法とするものではない。

よつて原告主張の支払利子が原告の不動産所得の課税標準の算定上必要経費として控除せられることを前提として被告の本件更正処分並びに加算税賦課決定の取消を求める原告の本訴請求はその余の判断をなすまでもなく理由がないというべきであるから、これを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 弥富春吉 安部剛 長谷川俊作)

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